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2-1)古希同級会の人間関係:考

四国の田舎から出てきて、もう55年が経った。生まれてから中学卒業までは田舎にいた。小学・中学と一緒に過ごした旧友たちは、皆が今年は70歳になる。もう11月半ばで70歳になったなった者が多いだろう。
ほとんど、私一人だけが関東に出てきて過ごしてきた。四国の地元や近場の都市、大阪や近畿圏で生きてきた人が多い。
四国と大阪でほぼ交代の形で数年おきに同級生の集まりを継続してきたようだ。私は、都合のいい何回かにたまに参加する感じであった。
今年、皆が70歳になるので古希の会として、田舎に比較的近い、四国八十八か所の岩屋寺のある、古岩屋の国民宿舎1泊で先日実施した。
私も是非にと参加させてもらった。この一連行事の中で、私が研究している「人間関係」の視点から観察し、考えたことを整理してみる。以下、事実と考察を思いつくまま書いてみる。

1) 同じ趣味:
四国に向かう前日に途中の大阪でゴルフをすることになった。今まで何度か一緒にゴルフしている大阪在住の同級生3人と。翌日、皆で高速飛ばして四国の会場に行くことに。ゴルフをしながら、また車で長時間同乗していればゴルフ以外のいろいろな話題も盛り上がるのは必然である。

これは、一般的な人間関係の中で、趣味や興味の分野が同じ者は継続して付き合うことが多くなる典型である。そのことを通じて、趣味だけでなく他のことの深い付き合いに繋がることもある。コミュニケーションの頻度と時間数に応じて、人間関係は強まり深まることは容易に理解できることである。

2) 同じ行動:
我々が高速道で四国の会場に向かっている頃、事前に募った希望者が集合して、宿舎の近くにある八十八か所の一つのお寺に揃ってお参りをしたそうである。私はこれには参加していないが、比較的容易に想像できる。久しぶりに会った旧友たちは、互いの近況や、積もる話にお寺に至る坂道も苦にならなかったはずである。

これも、人間関係を最新状態にメンテナンスする機会になっている。古い知り合いほど、長いコミュニケーションがなくてもすぐに修復できるものである。ある程度定期的に、同窓会や同級会を実施し参加しているとその人間関係は強化されるし、すくなくとも劣化を防止する。

3) 宴会芸と芸達者:
この同級生の中に昔から芸事の好きな人が数人いる。芸風はいろいろであるが、機会ある都度鍛えた芸はなかなかのものである。パントマイム風、日本舞踊、ドジョウスクイ、カラオケ大将、禁断の男ストリッパーなど、なかなか多彩で、この同級会の継続の原動力になっていると思う。私は無芸大食の飲めない木偶の坊であり、この一座には当然入っていない。彼らの移動は、衣装・道具が多く、田舎芝居一座の趣すらある。
回数を重ねた一座は、今回も事前に企画を練り、皆が楽しめるプログラムを準備してくれていた。今回は、ほぼ参加者全員参加の予告なし仮装行列舞踏があった。私もほぼ経験のない仮装舞踏を強いられた。もちろん参加した。酒の勢いもあり、結構楽しかった。後で座長に私のリズム感を誉められたが、素直にうれしかった。

人間関係視点で考えると、集団の結束を強めるための方法としては大変に優れた方法であると思う。参加者が無邪気に自分をさらけ出して踊り狂うことは、気取りを捨て、心を解き放つ素晴らしい機会になる。他人はみな同じ状態であり、他人の目など関係ないのだ。そして、こういう体験を共有したメンバーは妙な連帯感が生まれるのではないか。
グループ化、チーム化、プロジェクトチーム化などの手段として、この種のことをもっとうまく取り入れることも有益であろう。素の人間性を出さざるを得ない状況を少しだけ作るイメージである。心にゆとりを持てるようなチーム作りは、プロジェクトマネジャーの必要スキルかもしれない。

4) 酔いどれの無礼:
宴たけなわのころ、私の近くに座っている男女が何やら話している。男はすでに酔いどれ状態、女は飲んでいるがほぼシラフ状態。男は昔の優等生でその後も、この会をリードしてきたと自負している。芸達者グループとも近い。女はそのグループとは若干距離を置いている感じがする。
男が、自分はいろいろなグループに属しているが、この会が最も大事なものと思っている。あなたもそうだよね。とよくろれつは廻らないが同意を求めている。今まで少し距離をおく彼女への不満があるのかもしれない。女は人それぞれにいろいろなグループに属しており、皆があなたと同じとは限らない、と言っている。近くにいる私にも同意を求めてきたりした。しばらくやり取りしていたが、元々途中で帰る予定であった女は、皆への挨拶もなく突然帰ってしまった。なんだか頭にきたのだろう。私が双方をとりなす時間は残念ながら、なかった。
このケースは、酒のなせる業と言えなくもない。しかし、冷静にやり取りを見ていた私には、若干の衝撃はあったが、人間関係の微妙さを感じる出来事でもあった。

おなじ人間関係ドメインのなかであっても、そのグループへの思い入れは各人で異なるのは当然である。この場合、いくら酔いどれであっても自分のそのグループへの思い入れを他者に強要しようとした男が悪い。多分、その男なりの事情、例えば彼個人の日頃の不満、ストレスなどがアルコールを通じて出てきたのであろう。しかし、自分の勝手な思いを理不尽に他者に強要するのはよくない。価値観の異なる他者とのやり取りは、酔っていても注意しなければならない。こういうことの積み重ねが、お互いの「友好度」に大きな影響を及ぼす。多分、この宴会以前にも増して二人の関係性が悪化したに違いない。
酒の入った状態での人間関係のやりとりに直面して、ある意味ちょっと面白い場面に出会った気分である。

5) 話題の中心は:
1泊しての会合は、宴会だけでなくその後の2次会まで、久しぶりに会って話は尽きない。話より、飲むことが楽しみの人もいるが、さすがに70歳になると酒量も昔よりは少なくなるようだ。気持ちだけは昔に戻り、夜遅くまで続いた。
話の中身は、全員での話より、数人単位、1対1といった個別的になることが多い。それぞれの今や過去の状況(仕事、家族、日常、健康)を互いに交換するようだ。過去の共有している思い出話も少なくない。あの時誰がどうしたといった話である。特に同級生であるため、共通の話題になる先生の話も少なくない。

人間関係資産論的視点でみると、その多くが一種の人間関係資産のメンテナンス作業に相当する。お互いの確認をすることによって、互いの関係をレフレッシュできているということだ。もちろん、中には話の中に新しい関係性を見出すこともある。「友達の友達は友達だ」というやつだ。新たな人間関係につながることもあるが、この年代(古希!!)にもなると、あまり多くはない。

6) この種の人間関係から発生しうる価値:
私自身が参加した、小中学時代の仲間との1泊の楽しい「古希同級会」を振り返り、人間関係資産論視点で考えてみた。

見える化視点では、久しぶりのコミュニケーションで、参加者個人やその関連する人について新しく知ることも多い。全員参加の仮装舞踏会などでは、それまで見えなかった素の部分も発見できたりする。
活用視点では、互いの人脈なども含め、次の行動に移すこともある。何かの行動の約束をしたりする。
増大視点では、新たな人の紹介などに発展することもある。
本音を出して昔の友人と楽しみ、コミュニケーションすることは、ストレス発散、楽しみだけでなく、人間関係資産のすべての面で有意義な効果を発揮することは間違いない。積極的にこの種の集まりに出ることは有益なことである。

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