2020/4/6 現在、世界中が新型コロナウイルス感染症で、パニックに陥っている。日本も、遅ればせながら、緊急事態宣言の瀬戸際にある。

今までの多くの報道の中から、何となく、一つ考えていることがある。
宗教との関連性である。
今までの経緯で一般的な報道では、韓国の大邱市の新天地キリスト教会の集団感染、つい最近のイスラエル、ユダヤ教超正統派の集団感染の二つが目をひく。

私自身が、宗教に興味を持ってこなかったことからの、安直な気づき(のつもり)かも知れない。
宗教は、群れること、他者との共感を密にすることなどが、基本の特性として存在するのかも知れない。
キリストを絶対のヒーローとしてあがめることによって、実は、同じ考え、同じ心の状況の他者と一緒にいることによって、安心感を得、その安心感によって、惑いの心から一時的に開放されるのではないか。
キリストや神との関係性よりも、それを通して、自分と同じ状況の他者との同一感、共通感といったものが、心に安心感や落ち着きを及ぼすのではないか。
やはり、神仏に頼る人間の心の弱さを支えるのは、建前の神や仏のチカラというより、他者と同じ状況にいることのほうが安心感の根源になっているのではないだろうか?
そうだとすれば、宗教に頼る人の共通的な行動が、集団化、集団に身をひそめるといったことに直結するのかも知れないと思う。

そうだとすれば、今ある現象は、宗教の本質的なことが、たまたま出会った現象なのかもしれない。以上、チョットだけ考えてみた。