人間関係資産論に近々追加する原稿案です。
人間関係を資産として見ることを、冷静な視点で分析したものです。
(以下、原稿案)
人間関係を資産とみることは下品か?
「人間関係を資産としてみる」というと、ちょっと違和感をもつ人が少なくありません。他人を自分のために利用する、悪用するといったにおいがするからです。しかし実際には、多くの人が人間関係に助けられた経験を持っているのも事実です。
このあたりのことを少し掘り下げて考えてみます。人間関係を資産とみることは、何となく下品な臭い(?)がするのはなぜでしょうか?
まず、考え方として二つの視点から見てみます。
ひとつ目は、自分の人間関係を誰のために活用しようとするかです。これは、三つに分けられます。自分のため、相手のため、その他の人のための三つです。先に述べた、違和感をもつのは自分のためという思い込みや印象が強いためです。もっと柔軟に冷静にとらえたいものです。
二つ目の視点は、その活用の結果、発生する利害です。この利害を受ける人が、同じく三つに分かれます。自分、相手、またはその他の人という、一つ目と同じように分けて考えます。
この二つの視点をタテヨコの軸にして組み合わせることができます。そのタテヨコの交差するそれぞれの部分を考えると、次のように評価できます。活用の結果、該当する人に発生する利害です。
◎: 明らかに利益を得る
〇: 総合判断により、害ではない(害があっても許容範囲内)
×: 総合判断により、害がある(害が許容範囲を超える)
ここで、害とは経済的、社会的、我慢のできない心理的な悪影響ということです。

この評価を各交叉点に当てはめると、明らかに◎のはずの3つがあります。それは、元々その人のために活用するのだから、利益しかありえません。それ以外は〇と×が起こる可能性があります。二つが起こりえるということは、総合判断の結果でどちらかになるということです。
この各交叉点を確認した結果、縦軸に×がある場合は、その活用行動はやってはならないことになります。要するに、誰かが我慢のできないような不利益(害)を発生するからです。
これらのことを整理したのが下記図表です。

以下、余談になります。この図を眺めて、著者は以下のように感じます。
右上に向かって飛んでいる鳥の姿です。言うなれば、「飛翔する鶴翼」の構えです。
下図は、著者のお遊びになりますが、ご笑覧ください。